DX7 と FM デジタル革命 — 電圧から演算へ
電子鍵盤楽器の系譜、第 6 話。1983 年、Yamaha DX7 が登場。電圧で音を作るアナログではなく、周波数変調 (FM) をデジタル演算する、まったく新しい音源だった。硬質できらびやかな FM の音は 80 年代ポップスを塗り替え、有名なプリセット「E.PIANO 1」は本物のエレピを駆逐した。難解な音作り、YMO とデジタル・シンセポップ、TR-808/909 のリズムマシンも含め、デジタル革命の中心を辿る。
原理の跳躍 — 電圧から演算へ
第 3-5 話のアナログシンセは、 電圧で発振・フィルター・増幅を操る 「電気回路の楽器」 だった。 1983 年の Yamaha DX7 は、 その原理を根本から跳び越える。 音を回路ではなく デジタル演算で作る — 電子鍵盤の 「中身が丸ごと入れ替わる」 最初の大転換だった。
FM 音源 — スタンフォードからの技術
DX7 の心臓は FM (周波数変調) 音源。 スタンフォード大学の ジョン・チョウニング が発見し、 ヤマハが独占ライセンスを得た技術である。
- ある波形 (キャリア) の周波数を、 別の波形 (モジュレーター) で 高速に揺さぶる
- すると複雑な倍音が生まれる — これで音色を作る
- オペレーター と呼ぶ発振ユニットを 6 個、 「アルゴリズム」 で組み合わせる
アナログの減算合成 (倍音を削る) とは正反対で、 変調によって倍音を作り出す 発想。 生まれる音は 硬質で、 きらびやか、 金属的で、 アタックが鋭い — アナログの太く丸い音とは対極だった。
80 年代の音を塗り替える
DX7 は爆発的に売れ (シンセ史上屈指の販売台数)、 80 年代ポップスの音を一変させた:
- きらめくエレクトリック・ベース (スラップ・ベース風)
- 硬質なマリンバ・ベル系
- 明るいブラス
これらの FM 特有の音が、 80 年代の楽曲のいたるところで鳴っている。 「80s サウンド」 の正体の多くは DX7 である。
「E.PIANO 1」 — 偽物が本物を駆逐する
DX7 のプリセットで最も有名なのが 「E.PIANO 1」 — FM で作った電子ピアノ音。 第 2 話で触れた逆説がここで完成する:
- 本物の Fender Rhodes は 重く (60kg 超)、 高価で、 メンテが大変
- DX7 の FM エレピは 軽く、 安く、 音程が安定し、 MIDI で繋がる
- 結果、 80 年代のバラードの多くが FM エレピの音になり、 本物のエレピはステージから消えた
模造品が原型を市場から追い出す — 電子鍵盤の 「本物とは何か」 という問いを、 最も鮮明に示した事件だった。
難解な音作りと、 プリセット文化
DX7 には弱点もあった — 音作りが極端に難しい。 6 オペレーターと 32 アルゴリズムの相互作用は直感に反し、 小さな液晶とボタンでの編集は苦行だった。 結果、 多くのユーザーは 自分で音を作らず、 プリセットや音色カードをそのまま使った。
これは電子鍵盤の文化を変えた。 モーグ時代の 「音を自分でデザインする」 から、 「用意された音を選んで使う」 へ。 大量のプリセットを内蔵する現代の音源の文化は、 ここに始まる。
デジタル・シンセポップと YMO
デジタルシンセは新しい音楽を生んだ。 YMO (イエロー・マジック・オーケストラ) は、 マイコン制御のシーケンスと電子音で、 テクノポップを世界に発信した (アナログ〜デジタル移行期をまたぐ)。 ドイツの クラフトワーク と並び、 「人力でない、 機械のリズムと音色」 の美学を確立した。
リズムマシンも革命 — TR-808 / 909
同時期、 鍵盤ではないが電子音楽を決定づけた機材がある。 Roland の TR-808 (1980)・TR-909 (1983) リズムマシンである。
- 生ドラムを模したが、 むしろ その 「不自然な電子音」 自体 が愛された
- 808 の図太いバスドラムは ヒップホップ の、 909 は テクノ / ハウス の土台に
- 当時は不人気で製造中止 → 中古で再評価され、 ダンスミュージックの根幹となる皮肉
実音を取り込むという次の発想
FM デジタルは新しい音を作った。 だが並行して、 まったく逆の欲求も高まっていた — 合成するのではなく、 本物の音 (生楽器・声・あらゆる音) をそのまま録音して鍵盤で鳴らしたい。
次記事では、 この サンプリング の登場 — Fairlight や Emulator、 そして Korg M1 に代表される ワークステーション が、 電子鍵盤に 「現実の音」 を取り込んでいく様を辿る。