ルネサンス音楽 — フランドル楽派・パレストリーナ・オペラの誕生

15-16 世紀のフランドル楽派 (デュファイ、 オケゲム、 ジョスカン・デ・プレ) が 多声ポリフォニーを頂点へ導き、 パレストリーナ (1525-1594) が 教会音楽の理想形 [マルチェルス教皇のミサ] で完成。 一方 世俗音楽ではマドリガーレが発達し、 1600 年頃モンテヴェルディ (1567-1643) が [オルフェオ] (1607) でオペラという新形式を発明。 バロック時代への幕開けまで、 200 年で 「教会中心の 匿名合唱」 から 「宮廷中心の 作曲家中心 芸術」 へと 変貌する 音楽史の大転換を辿る。

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ルネサンス音楽の 大転換

前記事 [中世音楽] の 単声・宗教中心の 音楽から、 15-16 世紀のルネサンス で 音楽は 大転換する:

  • 多声ポリフォニー の 頂点 (フランドル楽派 → パレストリーナ)
  • 世俗音楽 の 芸術化 (シャンソン、 マドリガーレ)
  • 印刷技術 による 楽譜の 大量流通
  • オペラ の 誕生 (1600 年頃)

「教会中心の 匿名合唱」 から 「宮廷中心の 作曲家中心の 芸術」 への 変貌。 バロック時代 (1600-1750) への 直接の前段階。

フランドル楽派 — 多声音楽の 頂点

フランドル楽派 (École franco-flamande、 15-16 世紀) は、 現在の ベルギー・オランダ北部・フランス北部 出身の 作曲家群。 15-16 世紀の ヨーロッパ音楽界の 中心、 各国の 宮廷で活躍。

世代の系譜

  • 第 1 世代: ギヨーム・デュファイ (Dufay、 1400 頃-1474)、 ジル・バンショワ (Binchois、 1400 頃-1460) — ブルゴーニュ宮廷
  • 第 2 世代: ヨハネス・オケゲム (Ockeghem、 1410 頃-1497) — カノン技法の 究極
  • 第 3 世代: ジョスカン・デ・プレ (Josquin des Prez、 1450 頃-1521) — ルネサンス最大の作曲家
  • 第 4 世代: オルランド・ディ・ラッソ (Lassus、 1532 頃-1594) — 遺作は 2000 曲以上

特徴

  • 4-6 声の 多声書法
  • 各声部が 独立した旋律 を歌う (イミテーション、 カノン技法)
  • ラテン語 (教会音楽) と 世俗語 (シャンソン) 両方
  • 技巧的で 華麗

ジョスカン・デ・プレ — ルネサンス最大

ジョスカン・デ・プレ (1450 頃-1521) は、 ルネサンス最大の作曲家 と 称される。 フランス、 イタリア (ローマ)、 現ベルギーで 活動ミサ 18 曲、 モテット 100 曲以上、 シャンソン 70 曲以上

  • [ミサ・パンジェ・リングァ] — グレゴリオ聖歌 主題を各声部が 発展
  • [アヴェ・マリア] — 4 声のモテット、 ルネサンス声楽の 頂点
  • [千々の悲しみ (Mille regretz)] — シャンソン、 皇帝カール 5 世の 愛唱歌

マルティン・ルターは ジョスカンを 「音符の 主人。 他の作曲家は 音符に従うが、 ジョスカンは 音符を 従わせる」 と 賛美した。

印刷革命 — 1501 年、 ペトルッチ

1501 年、 ヴェネツィアの オッタヴィアーノ・ペトルッチ世界初の 音楽印刷本 を出版:

  • [Harmonice Musices Odhecaton] (「100 の音楽の 調和」)
  • 96 曲の シャンソン・モテット

これが 音楽史の 大転換点。 それまで 手写本 で 一枚一枚コピーされていた 楽譜が、 印刷で 大量流通 するように。

  • 作曲家の名声が 遠方まで届く
  • 音楽教育の 民主化
  • 各国音楽の 相互影響

「グーテンベルクの活版印刷 (1450 年頃)」 の 音楽版。 これが ルネサンス音楽の 世界化を 加速。

パレストリーナ — 教会音楽の 完成

ジョヴァンニ・ピエルルイジ・ダ・パレストリーナ (Giovanni Pierluigi da Palestrina、 1525-1594) は、 イタリア・パレストリーナ町出身の 作曲家。 ローマ・システィーナ礼拝堂の楽長 など、 生涯を通じて ローマの教会音楽家

105 のミサ曲、 250 以上のモテット、 マドリガーレ、 賛歌 — 生涯 700 曲以上を作曲。

「対位法の 教科書」

パレストリーナの スタイルは 「厳格対位法 (strict counterpoint)」 の 手本 と され、 フックス [パルナッソス山への 階段] (1725) 以来、 世界の 音楽学校の 対位法教育の 標準

  • 各声部が 滑らかに 動く
  • 不協和音は 準備・解決 する
  • 和音の連続、 全体的に 澄明

「音楽の 数学的 純粋性」 を追求。 バッハも、 モーツァルトも、 ハイドンも、 パレストリーナで 対位法を学んだ

[マルチェルス教皇のミサ] (1567)

パレストリーナの 代表作。 伝承では トリエント公会議 (1545-1563)「歌詞が聞き取れない 過度に多声的な音楽を 教会から追放しよう」 という議論が起きたとき、 パレストリーナが 「歌詞の明瞭さと 対位法の美しさは 両立する」 と 証明したのが この作品。

(伝承は 後世の 脚色の可能性が高いが、 「教会音楽の 理想形」 として 語り継がれる)

現代の演奏

  • タリス・スコラーズ (英)、 ヒリアード・アンサンブル (英)、 ヴォーチェス 8 など 古楽合唱団が 全曲録音
  • バチカン・システィーナ礼拝堂合唱団 — パレストリーナの 直系継承
  • CD、 コンサート、 YouTube で 世界中で 聴かれる

世俗音楽 — マドリガーレの 時代

16 世紀、 世俗音楽が 芸術化。 中心形式が マドリガーレ (Madrigale、 マドリガル)

イタリアのマドリガーレ (16 世紀)

  • イタリア語の 詩4-6 声 をつけた 声楽曲
  • 恋愛、 自然、 皮肉、 悲嘆 の テーマ
  • チプリアーノ・デ・ローレ、 ジェズアルド、 モンテヴェルディ らが 発展

カルロ・ジェズアルド (1566-1613)

ヴェーノザ公・ジェズアルド公 は、 貴族作曲家。 6 巻のマドリガーレ集極端な半音階、 不協和音、 表現主義的な和声 で 現代でも 前衛的。

1590 年、 妻マリアと 愛人カラッファ公を殺害、 貴族特権で無罪。 「殺人者の作曲家」 として 音楽史に 特異な 立場。

イギリスのマドリガル (1580-1620)

トマス・モーリー、 ジョン・ダウランド、 トマス・ウィールクス らが 英語マドリガル を発展。 エリザベス 1 世女王時代 の 華やかな音楽文化。

ジョン・ダウランド (1563-1626)リュート歌曲 は、 現代でも 人気。 スティングが CD [Songs from the Labyrinth] (2006) を発表。

楽器音楽の 台頭

ルネサンス期、 楽器音楽も 発展:

鍵盤音楽

  • オルガン曲 — フローベルガー、 スヴェーリンク
  • クラヴィコード・チェンバロ用 — カベソン (西)、 バード (英)、 ブル (英)

[フィッツウィリアム・ヴァージナル・ブック] (17 世紀初頭、 英) は 297 曲のヴァージナル (小型チェンバロ) 曲集。 バードら イギリスの 鍵盤楽派を 総括。

リュート音楽

  • 弾き語り (歌 + リュート)リュート独奏
  • ジョン・ダウランド の名曲群
  • 現代の ギター音楽の 直接の祖先

合奏

  • ヴィオール・コンソート — 大小のヴィオル 4-6 台
  • ブラスバンドの原型 (コルネット、 サックバット)
  • プファイフェン・ムジーク (町付き楽師)

宗教改革と 音楽 — 1517 年以降

1517 年、 マルティン・ルターの 宗教改革 は 音楽にも 大影響:

プロテスタント音楽

  • ドイツ語のコラール (賛美歌) — 会衆が 母国語で歌う
  • [主よ、 人の望みの喜びよ]、 [ああ、 血に染みし主の頭] (バッハ [マタイ受難曲] の コラールの元)
  • 後に バッハの コラール音楽 の 基盤

ルター自身が音楽愛好家で、 [こわき砦ぞ、 わが神は] など多数のコラールを作曲。

カトリック反宗教改革

  • トリエント公会議 (1545-1563) の 音楽規制議論
  • パレストリーナの 「浄化された」 教会音楽
  • ラテン語ミサ の 継続

音楽が 信仰の 分裂 を反映する 時代。

1600 年前後 — バロックへの 転換

16 世紀末から 17 世紀初頭にかけて、 音楽は 大転換:

  • 多声ポリフォニー → 通奏低音・モノディー (伴奏付き独唱)
  • 均等な声部 → 独唱と 伴奏の 対比
  • 教会中心 → 宮廷・劇場中心
  • 匿名合唱 → 作曲家個性の 主張

この転換の 象徴が モンテヴェルディの オペラ

クラウディオ・モンテヴェルディ — オペラの発明

クラウディオ・モンテヴェルディ (Claudio Monteverdi、 1567-1643) は、 クレモナ生まれの イタリア作曲家ルネサンスからバロックへの 橋渡し を 決定的に 行った 人物。

生涯

  • 1567 年 — クレモナ (ヴァイオリン産地) で 医者の息子として誕生
  • 1590 年マントヴァ公 ゴンザーガ家の 宮廷音楽家
  • 1607 年[オルフェオ (L’Orfeo)] 初演 — オペラの 事実上の始まり
  • 1613 年ヴェネツィア・サン・マルコ大聖堂 楽長 に就任、 終生
  • 1637 年世界初の 公共オペラ劇場 (ヴェネツィア・サン・カッシアーノ) 開場、 モンテヴェルディが 主要作曲家
  • 1643 年 — ヴェネツィアで 死去、 76 歳

モンテヴェルディの 「二つの実践」

モンテヴェルディは 自著で:

  • 第一の実践 (prima pratica) — 従来の 厳格対位法 (パレストリーナ流)
  • 第二の実践 (seconda pratica) — 新しい 「歌詞の 感情表現」 優先

「音楽は 歌詞に仕える」 という 発想が、 バロック時代の 中核概念に。

[オルフェオ] (1607) — オペラの 誕生

モンテヴェルディ [オルフェオ (L’Orfeo)] は、 1607 年 2 月 24 日、 マントヴァで 初演。 現存する 最古の完全な オペラ

前史

  • 1580 年代、 フィレンツェの カメラータ (人文主義者・音楽家グループ) が 「古代ギリシャ悲劇の音楽を 復元しよう」 と 議論
  • 1597 年、 ヤコポ・ペーリ [ダフネ] — 現存最古の オペラ (楽譜は 断片のみ)
  • 1600 年、 ペーリ [エウリディーチェ] — 全曲残る最古のオペラ

これらを 芸術的に完成 させたのが モンテヴェルディ [オルフェオ]

内容

ギリシャ神話: オルフェオ (歌の名手) が 亡き妻 エウリディーチェを 冥界から 連れ戻そうとするが、 「振り返ってはならない」 という 禁忌を破って 失う。

  • プロローグ + 5 幕
  • オルフェオの アリア 「私は死んでしまう (Tu se’ morta)」 — オペラ史上初の 大規模な感情表現の アリア
  • オーケストラ (40 人以上) — 弦楽器、 リコーダー、 コルネット、 サックバット、 チェンバロ

「歌詞・音楽・演劇・舞踊の 総合芸術」 としての オペラが、 ここから 400 年間続く。

モンテヴェルディの その他の 傑作

  • [ポッペーアの戴冠 (L’incoronazione di Poppea)] (1642) — 晩年、 75 歳の傑作。 皇帝ネロを主人公とする、 政治とエロスの オペラ
  • [聖母マリアの夕べの祈り (Vespro della Beata Vergine)] (1610) — 教会音楽の 傑作、 「モンテヴェルディの ミサ曲ロ短調」 とも
  • [マドリガーレ集] 全 9 巻 — 世俗音楽の 集大成

ルネサンス音楽の 現代への 継承

  • 合唱音楽 — 世界の アマチュア合唱団の 標準レパートリー (パレストリーナ、 ジョスカン)
  • 古楽演奏 — タリス・スコラーズ、 ヒリアード・アンサンブル、 コレギウム・ヴォカーレ・ヘント (フィリップ・ヘレヴェッヘ) が CD で 大量録音
  • オペラ — モンテヴェルディの 3 作は 現代でも 頻繁上演
  • 教育 — 対位法・和声学の 「パレストリーナ様式」 教育

「ルネサンスの 音楽的発明」 が 現代でも 生き続けている。 特に 多声合唱の 美 は、 21 世紀の 現代人にも 深く響く 領域。

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ルネサンス音楽の 200 年を辿った。 次記事では、 バロック時代 (1600-1750) に入る。 ヴィヴァルディ (伊)、 バッハ (独)、 ヘンデル (独→英) の 3 大バロック作曲家、 通奏低音、 協奏曲、 オペラ・オラトリオ、 組曲の 発展 — 150 年で 音楽が 技術的にも 表現的にも 飛躍 する時代へ。 前シリーズ [ピアノの系譜] の 02 バッハと鍵盤音楽 と 対応する時代を、 オーケストラ・声楽・器楽の 全体像から 見渡す。

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