古典派 — ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェンのウィーン
1750-1820 の 70 年、 「古典派 (Classical period)」。 ハイドン (1732-1809) が 交響曲・弦楽四重奏・ソナタ形式を確立、 モーツァルト (1756-1791) が 41 の交響曲・27 のピアノ協奏曲・22 のオペラで あらゆるジャンルを開花させ、 ベートーヴェン (1770-1827) が 9 つの交響曲・16 の弦楽四重奏・32 のピアノ・ソナタで 古典派を頂点へ導きロマン派への扉を開いた。 啓蒙主義・フランス革命・ナポレオン戦争を背景に、 「音楽の 近代化」 が起きた 70 年を辿る。
古典派 — 「近代音楽」 の 誕生
前記事 [バロック時代] のバッハの死 (1750) から、 ベートーヴェンの後期様式 (1820 年頃) までの 70 年 が 古典派 (Classical period、 独 Klassik)。 音楽史の中で 最も明快で 均整のとれた 時代 とされる。
「クラシック」 の 3 つの意味
- 狭義 — この 70 年 (1750-1820) の 音楽 (ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェン)
- 中義 — 中世〜19 世紀の 西洋芸術音楽
- 広義 — 現代含む 西洋芸術音楽全体 (本シリーズ [overview] 参照)
本記事は 狭義の 古典派。
バロックから 古典派への 大転換
1750 年前後、 音楽は 急速に変化:
バロックの 特徴 (前記事)
- 通奏低音 (即興的な 和音伴奏)
- 多声・対位法
- 統一的な情念 (1 楽章 = 1 情念)
- モテリスト風の 装飾
古典派の 特徴
- 通奏低音の廃止 (書き出された 和音伴奏)
- 主題 + 伴奏 の 明晰な 構造
- 対比的な情念 (1 楽章内で 主題が 対立・発展)
- ソナタ形式 の 中核化
- 均整と 明晰さ の 美学
ソナタ形式 — 古典派の 中核
ソナタ形式 (Sonata form) は、 古典派で 完成された 音楽の 論理構造:
基本構造
- 提示部 (Exposition) — 第 1 主題 (主調) と 第 2 主題 (属調 など) を 提示
- 展開部 (Development) — 主題を さまざまな調・変形 で 展開
- 再現部 (Recapitulation) — 第 1・第 2 主題を 主調で 再帰
- (コーダ — 終結部)
「対立する 2 つの主題が 展開部で 争い、 再現部で 統合される」 — 弁証法的な 音楽構造。
用途
- 交響曲・ソナタ・弦楽四重奏の 第 1 楽章 (Allegro) で 常用
- 中期以降 モーツァルト、 ハイドン、 ベートーヴェンの 中核形式
- 現代の クラシック音楽の 骨格
前古典派 — マンハイム楽派、 C.P.E. バッハ
バロックから 古典派への 過渡期に:
マンハイム楽派 (1740-1770)
選帝侯カール・テオドールのマンハイム宮廷楽団 が ヨーロッパ最高のオーケストラ となる (「マンハイム・ロケット」 という 高速な 上昇音型で 有名)。 ヨハン・シュターミッツ (1717-1757) ら。
モーツァルトが 1777 年に 訪問、 深い影響を受ける。
エマヌエル・バッハ (C.P.E. Bach、 1714-1788)
J.S. バッハの息子。 感情過多様式 (Empfindsamer Stil) を 提唱、 突然の 転調・強弱変化 で 感情表現 を追求。 ハイドンが 「私が本当に習ったのは エマヌエル・バッハからだ」 と 語る。 ベートーヴェンにも 大きな影響。
ハイドン — 古典派の 建築家
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン (1732-1809) は、 前シリーズ [ピアノの系譜] の 03 で 詳述。 ここでは 交響曲・弦楽四重奏 を 中心に。
106 の交響曲
- 交響曲 (Symphony) 形式を 一人で 完成
- [第 45 番 嬰ヘ短調 「告別」] (1772) — 楽員が 一人ずつ 退場する 演出
- [第 94 番 ト長調 「驚愕」] (1791) — 突然の フォルティッシモ
- [第 100 番 ト長調 「軍隊」]、 [第 101 番 「時計」]、 [第 103 番 「太鼓連打」]、 [第 104 番 「ロンドン」] — ロンドン・セット (1791-1795)
68 の弦楽四重奏
- 弦楽四重奏 (2 ヴァイオリン + ヴィオラ + チェロ) の 標準形 を 確立
- [Op. 33 「ロシア四重奏曲」] (1781) — スケルツォ楽章 導入
- [Op. 76 「エルデーディ四重奏曲」] (1797) — 晩年の傑作、 [皇帝] 第 2 楽章 は オーストリア国歌 (後の ドイツ国歌) の 主題
オラトリオ [天地創造]・[四季]
[天地創造 (Die Schöpfung)] (1798) と [四季 (Die Jahreszeiten)] (1801) は、 ハイドン晩年の 声楽の傑作。 ヘンデル [メサイア] の 影響下で、 ドイツ語の巨大オラトリオ。
モーツァルト — 全ジャンルの 傑作
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト (1756-1791) は、 前シリーズ [ピアノの系譜] の 03 で ピアノ音楽中心に 詳述。 ここでは オペラ・交響曲 を 中心に。
41 の 交響曲
- [第 25 番 ト短調 K.183] (1773) — 17 歳、 短調の傑作 (映画 [アマデウス] 冒頭)
- [第 40 番 ト短調 K.550] (1788) — 短調、 悲劇的、 全世界で 有名
- [第 41 番 ハ長調 K.551 「ジュピター」] (1788) — 対位法的な 終楽章、 「モーツァルト最大の傑作」 説
1788 年の 3 大交響曲 (39, 40, 41) は わずか 6 週間で 作曲。 モーツァルトの 生涯最後の 交響曲群。
オペラ — 22 作品
モーツァルトの オペラ は、 音楽史上 最も愛される 作品群:
- [イドメネオ] (1781) — オペラ・セリア (英雄オペラ) の 最高峰
- [後宮からの逃走] (1782) — ジングシュピール (ドイツ語オペラ)
- [フィガロの結婚 (Le nozze di Figaro)] (1786) — オペラ・ブッファ (喜劇オペラ) の 頂点、 台本はダ・ポンテ
- [ドン・ジョヴァンニ (Don Giovanni)] (1787) — 悲喜劇、 石像との 対決
- [コジ・ファン・トゥッテ (Così fan tutte)] (1790) — 恋人の 貞節を試す 実験劇
- [魔笛 (Die Zauberflöte)] (1791) — ジングシュピール、 フリーメーソン的な 象徴、 モーツァルト死の直前
「ダ・ポンテ 3 部作」
モーツァルトと 台本作家 ロレンツォ・ダ・ポンテ (1749-1838) の 共作:
- [フィガロの結婚] (1786)
- [ドン・ジョヴァンニ] (1787)
- [コジ・ファン・トゥッテ] (1790)
イタリア語オペラの 最高峰。 現代でも 世界のオペラハウスの 中核レパートリー。
宗教音楽
- [レクイエム ニ短調 K.626] (1791、 未完) — 匿名の依頼、 モーツァルト自身の 死と重なる
- [ミサ曲 ハ短調 K.427] — 大規模ミサ、 妻コンスタンツェ との結婚を機に
[レクイエム] の 「ラクリモサ (涙の日)」 が モーツァルト自身が 書いた 最後の音楽 (8 小節まで)。 弟子ジュスマイヤーが 補作を完成。
ベートーヴェン — 古典派の 頂点、 ロマン派への 扉
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン (1770-1827) は、 前シリーズ [ピアノの系譜] の 04 で ピアノ音楽中心に 詳述。 ここでは 交響曲・弦楽四重奏 を 中心に。
9 つの 交響曲
- [第 1 番 ハ長調 Op. 21] (1800) — ハイドン様式の 完成形
- [第 3 番 変ホ長調 Op. 55 「英雄」] (1804) — オーケストラの 大革命、 演奏時間 50 分
- [第 5 番 ハ短調 Op. 67 「運命」] (1808) — 4 音動機 「タタタターン」 の 有名冒頭
- [第 6 番 ヘ長調 Op. 68 「田園」] (1808) — 標題音楽の 先駆、 5 楽章
- [第 7 番 イ長調 Op. 92] (1813) — 「舞踏の 神格化」 (ワーグナー評)
- [第 9 番 ニ短調 Op. 125 「合唱」] (1824) — 独唱・合唱を 導入した 革命的交響曲、 [歓喜の歌] は 現代 EU の 国歌
[第 9 交響曲] の 「歓喜の歌」
シラー詩 [歓喜に寄す (An die Freude)] を 引用:
「歓喜よ、 神の 美しき閃光よ、 天上の 楽園の 娘よ」
「すべての人は 兄弟となる (Alle Menschen werden Brüder)」 — 人類愛の 音楽的表現。 1985 年、 EU の公式国歌 に採択。
1824 年 5 月 7 日の 初演、 難聴のベートーヴェンは 客席の 熱狂を 見せられて 涙。 音楽史上 最も 感動的な 初演の 一つ。
16 の弦楽四重奏
- 初期 (Op. 18、 1798-1800) — ハイドン様式
- 中期 (Op. 59 「ラズモフスキー」・Op. 74・Op. 95) — 交響曲的 拡大
- 後期 (Op. 127-135、 1824-1826) — 後期の深奥、 神秘的、 音楽史の 一つの頂点
[ミサ・ソレムニス] Op. 123 (1823)
5 部の 巨大なミサ曲、 [第 9 交響曲] と 並行 作曲。 「私が これまでに書いた 最も偉大な作品」 と ベートーヴェン自身 が語った 大作。
啓蒙主義と 音楽
古典派の 時代は 啓蒙主義 (Enlightenment) の 時代:
- 理性、 秩序、 均整 の 美学
- 1789 年 フランス革命 — 音楽にも 反映
- 1804 年 ナポレオン皇帝即位 — ベートーヴェン [英雄] の 献辞削除
- 1815 年 ウィーン会議 — 反動期
音楽は 教会・貴族の 独占物 から 市民の 公共文化 へ 移行:
- 公開演奏会 の 普及
- 音楽出版 の 大衆化
- 音楽学校 の 設立 (パリ音楽院 1795)
- 音楽批評 の 誕生 (ドイツ音楽新聞、 1798)
ウィーン — 音楽の 首都
古典派の 3 巨匠は 全員ウィーンで活動:
- ハイドン — エステルハージ家 (ハンガリー) と ウィーン
- モーツァルト — 1781 年から ウィーン移住・死去まで
- ベートーヴェン — 1792 年から ウィーン移住・死去まで
なぜウィーン?:
- ハプスブルク家の 首都 — 貴族の パトロン
- ドイツ語圏 と イタリア文化の 交差点
- オーケストラ・オペラ の 高度な発展
- 市民音楽文化 の 早期発達
「音楽の都 ウィーン」 の 起源が この 70 年に ある。 21 世紀の ウィーン・フィルハーモニー も この伝統の 直接の 後継。
前シリーズ [ピアノの系譜] との 関係
前シリーズは 鍵盤楽器中心 に 見た 300 年史。 本シリーズは 音楽全般 の 1500 年史。 古典派の 部分では:
| 前シリーズ | 本シリーズ | 対応点 |
|---|---|---|
| 03 モーツァルト・ハイドン (ピアノ) | 04 古典派 (全体) | 同時代、 異なる観点 |
| 04 ベートーヴェン (ピアノ) | 04 古典派 (全体) | 交響曲・四重奏を 追加 |
「ピアノで 古典派音楽を 弾いた人が、 本シリーズで 交響曲・四重奏・オペラを 学ぶ」 という 順序で 読むと 立体的な 理解が可能。
その他の 古典派作曲家
- ムツィオ・クレメンティ (1752-1832) — ピアノ・ソナタ、 音楽出版業者
- ヨハン・ネポムク・フンメル (1778-1837) — モーツァルトの 弟子、 ベートーヴェンの 同僚
- ルイジ・ケルビーニ (1760-1842) — オペラ、 パリ音楽院院長、 ベートーヴェンが 尊敬
- ヨハン・カール・シュターミッツ (1745-1801) — マンハイム楽派 継承
現代への 影響
- ソナタ形式・交響曲・四重奏 — 現代クラシック音楽の 中核形式
- オペラ — モーツァルト 3 部作は 世界のオペラハウスの 定番
- 室内楽文化 — 弦楽四重奏の 現代的伝統
- ウィーン・フィル、 ザルツブルク音楽祭 — 古典派の 継承機関
- 教育 — 音楽学校の カリキュラムの 中核
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古典派 70 年を辿った。 次記事では、 ロマン派前期 (1820-1860) に入る。 シューベルト (1797-1828) の 歌曲・交響曲、 メンデルスゾーン (1809-1847) の 交響曲・ピアノ、 シューマン (1810-1856) の 詩的な音楽、 ショパン (1810-1849)、 リスト (1811-1886) — 啓蒙主義の 明晰さ から ロマン派の 感情表現 への 転換を辿る。 前シリーズ [ピアノの系譜] の 05 ショパン、 06 リスト と 並行して、 交響曲・歌曲・室内楽の 全体像を。