Grandmaster Flash とスクラッチ — ターンテーブルが楽器になった瞬間
1975-1982 年、 Bronx の Grandmaster Flash が Kool Herc の 2 枚使いを技術的に完成させた。 Cueing、 backspin、 punch phrasing、 そして scratch。 弟子の Grand Wizard Theodore による scratch の発明 (1975 年 12 歳) と、 Flash の 「The Adventures on the Wheels of Steel」 (1981 年) までを辿る。 DJ が楽器を演奏する人になった瞬間。
Grandmaster Flash — hip-hop DJ 技術の完成者
Grandmaster Flash (本名 Joseph Saddler、 1958-) は Bronx の hip-hop 第 2 世代の DJ。 Kool Herc の 2 枚使いを目撃し、 「もっと正確にできる」 と技術的完成を目指した。
Flash の技術的貢献:
- Cueing system — headphones で次の曲を pre-listening
- Punch phrasing — break の特定の音を狙って挿入
- Backspin (=quick mix) — 同じ break を 2 枚のレコードで無限 loop
- Beat matching の精度 — Herc は感覚的、 Flash は数学的に正確
- Scratch を作品に導入 — 弟子 Grand Wizard Theodore の発明を舞台で使う最初の DJ
これらは現代の CDJ / rekordbox / Serato の基本機能として全て継承されている。 Flash は 現代 DJ 機材の設計思想 を 1970s に作った人物。
生い立ちと修業
- 1958 年 1 月 1 日、 バルバドス (カリブ) 生まれ、 生後まもなく Bronx に移住
- 1970 年代前半、 電子工学系の職業高校 (Samuel Gompers Career and Technical Education High School) に通う
- ラジオ / レコードプレイヤーの修理 を学ぶ — これが後の DJ 機材設計の土台
Flash は Kool Herc とは対照的に エンジニアリング系の DJ。 「なぜこの音が出るのか」 「どうすれば技術的に精度を上げられるか」 を追求。
Cueing の発明 (1974-75)
Kool Herc の 2 枚使いには重大な問題があった:
- 次の break が始まる正確な位置を 耳で当てる 必要があった
- Herc は経験と勘に頼っていた
- 正確に合わせるのは至難、 タイミングがずれるとダンサーのリズムが崩れる
Flash はこの問題に cueing system で解決:
Cueing の仕組み
- DJ mixer に headphones jack を追加
- crossfader を回転させずに 、 片方のターンテーブルだけを headphones で聞く
- 次の break の頭を pre-listening、 準備してから crossfade
これで 秒単位で正確に 次のレコードを繋げるようになる。 現代の DJ mixer (DJM シリーズ) の cueing system は Flash が 1974 年頃に自分で mixer を改造して作った回路が原型。
Scratch の発明 — Grand Wizard Theodore (1975)
Grand Wizard Theodore (本名 Theodore Livingston、 1963-) は Flash の弟子で、 12 歳のとき に scratch を偶然発見した。
発明の瞬間 (1975 年、 12 歳)
- Theodore が自宅でレコードを再生中、 母親が「音を小さくしろ」 と怒鳴る
- Theodore はターンテーブルを止めるため、 レコードに手を置いて回転を止めた
- 停止させたレコードを前後に動かしたとき、 針から「シャッ、 シャッ」 という新しい音が出た
- Theodore は「これは音楽になる」 と気づき、 練習を始める
Scratch とは
針とレコード溝の相対運動で生まれる音を、 手で意図的にコントロール:
- Baby scratch — レコードを前後に振る
- Chirp scratch — 短く鋭く
- Transformer scratch — crossfader との組み合わせ
- Flare scratch — 複数回の折り返し
Theodore は 1975-1977 年 に scratch の基本技法を確立。 発明者は Theodore だが、 これを 舞台とレコード で世に広めたのは Flash と、 のちに Herbie Hancock「Rockit」 (1983) で世界的に知らしめた Grand Mixer DXT (D.ST)。
Backspin (Quick Mix Theory)
Flash が体系化した最重要技法が Backspin (Quick Mix Theory):
Herc の 2 枚使いの欠点
- Turntable A の break が終わりそうになったら B にクロスフェード
- しかし、 B の break が終わる前に A を戻す時間がない場合、 タイミングが崩れる
- 4-8 小節の break の連続に微妙なズレが出る
Flash の解決策
- 同じレコードを 2 枚 (=2 コピー) 用意
- A で break を再生している間、 B を頭に戻して待機
- A の break が終わる 1 拍前に B を start、 A を頭に backspin
- 完全に beat が途切れない infinite loop
これは現代の DJ 機材の memory cue point / hot cue の思想の直接の起源。 Flash が 1976 年頃に完成させた。
Punch Phrasing
Flash が発明した もう 1 つの技法:
- 2 枚使いで break を loop している最中に、 もう 1 枚の別のレコードから 1 発だけ音を「punch」 させる
- 例: James Brown の「funky drummer」 を loop 中に、 別のレコードから「Oh yeah!」 だけを 1 拍だけ挿入
- サンプリング的な演奏が turntable だけで可能に
これは現代の DAW での sample punch-in の元祖。 Flash は turntable を「サンプラー」 として使う先駆けだった。
Flash + Furious Five — 1976 年結成
Flash の DJ 技術と、 5 人の MC が組んだ Grandmaster Flash and the Furious Five が hip-hop 史の重要グループになる。
メンバー:
- Grandmaster Flash (DJ)
- Melle Mel
- Cowboy
- Kid Creole
- Scorpio
- Rahiem
1976-1988 年に活動、 Grandmaster Flash and the Furious Five として、 「The Message」 (1982) など hip-hop 初期の重要作を残す。
「The Message」 (1982)
- 社会問題を扱った初期の hip-hop の代表作
- Bronx のスラム、 貧困、 暴力を rap で表現
- 商業的にも成功 (billboard R&B 4 位)
- 現代の「conscious hip-hop」 (Kendrick Lamar・J. Cole など) の直接の起源
「The Adventures on the Wheels of Steel」 (1981)
Flash の 技術的な代表作が 1981 年の「The Adventures of Grandmaster Flash on the Wheels of Steel」 。
- 7 分間の instrumental hip-hop 曲
- ボーカルなし、 DJ 演奏だけで成立する曲
- 使用した曲: Blondie「Rapture」・Chic「Good Times」・Queen「Another One Bites the Dust」・The Sugarhill Gang「Rapper’s Delight」・Sequence「Monster Jam」・Furious Five「Birthday Party」・「Freedom」・Spoonie Gee「Monster Jam」・「Positive Life」 など多数
- 全部を Flash が turntable で切り貼りして構成
これは 世界初の「DJ が演奏する曲」 、 現代の turntablism (DJ を楽器として使うジャンル) の起源。 1981 年の時点で、 ターンテーブルが正式に「楽器」 として認識された瞬間。
Grand Mixer DXT (D.ST) と「Rockit」
Herbie Hancock「Rockit」 (1983) で全世界的に scratch が知られる。 この曲の scratch プレイヤーが Grand Mixer DXT (旧名 D.ST、 本名 Derek Showard)。
- 1983 年のグラミー賞受賞、 MTV でヘビロテ
- 白人の音楽ファンが初めて scratch を目撃
- DJ = 楽器演奏家 のイメージが世界的に定着
「Rockit」 は hip-hop 界だけでなく、 電子音楽・fusion jazz を巻き込んだ cross-over hit。 これ以降、 scratch は世界的な技法になる。
Flash の 5 大貢献のまとめ
Grandmaster Flash が 1974-1982 年に確立した技術:
| 技法 | 内容 | 現代への継承 |
|---|---|---|
| Cueing | headphones pre-listening | 全ての DJ mixer の標準機能 |
| Beat matching (精密) | BPM を数学的に合わせる | rekordbox / Serato の sync ボタン |
| Backspin (Quick Mix) | 同じレコード 2 枚で loop | hot cue / memory cue point |
| Punch phrasing | 1 発だけ音を挿入 | Sample pad / RMX |
| Scratch (舞台化) | Theodore の発明を実戦へ | Serato scratch controllers |
Flash は 現代の CDJ / DDJ / mixer / software の設計思想の全てを、 1970s に turntable と mixer と半田付けで先取りした。
現代 turntablism への継承
Flash 以降、 hip-hop DJ 技術は turntablism (ターンテーブリズム) というジャンルに発展:
1980s-1990s の turntablism 巨匠
- DJ Q-Bert (Invisibl Skratch Piklz) — scratch の到達点
- Mix Master Mike (Beastie Boys) — 実戦での scratch
- DJ Premier (Gang Starr) — hip-hop production の中の DJ 技術
DMC World DJ Championship
- 1985 年、 世界の DJ 技術を競う大会 Disco Mix Club Championship 開始
- 現在も年 1 回、 世界大会が開催
- 日本人優勝者: DJ Kentaro (2002)、 DJ Izoh (2012) など
turntablism は CDJ 時代になっても存続、 現代でも Serato + Rane 12 (motorized platter) + Rane Seventy-Two mixer などの scratch 特化機材が販売されている。
1970s Bronx が現代に残したもの
Kool Herc の 2 枚使い + Grandmaster Flash の技術完成 + Grand Wizard Theodore の scratch。 この 1973-1982 年の 10 年間 で、 現代の hip-hop / クラブ DJ の技術基盤が全て確立された。
- 1988 年、 Grandmaster Flash and the Furious Five が Rock and Roll Hall of Fame 入り — hip-hop 界初
- 1997 年、 Yo! MTV Raps の再放送で Flash の技術が世界に広まる
- 2007 年、 1520 Sedgwick Avenue が hip-hop 誕生の地として登録
現代の CDJ・rekordbox・Serato・DDJ・standalone all-in-one すべての機能は、 Flash が 1970s に turntable と mixer で作った技術を デジタルで再実装 したもの。
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Bronx で誕生した hip-hop DJ 技術は、 その後の 1980-1990 年代の Chicago house / Detroit techno の形成に影響を与えた。 1970s NY discotheque (Levan)、 1970s Bronx (Herc・Flash) の 2 つの流れが、 1980s のシカゴとデトロイト で融合し、 現代のクラブミュージックの基本形が完成する。 次記事では、 Frankie Knuckles と Chicago house の誕生 を辿る。