テルミンと電子楽器の黎明 — 触れずに弾く楽器

電子鍵盤楽器の系譜、第 1 話。1920 年、ロシアの物理学者レフ・テルミンが、手を触れずに空中で演奏する世界初の電子楽器を発明した。真空管の発振を利用したこの怪奇な楽器から、オンド・マルトノ、そして電磁ピックアップで倍音を合成するハモンドオルガンへ。「電気で音を作る」という 20 世紀の新しい発想が、どう生まれたかを辿る。

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楽器史の質的転換点

4 万年つづいた楽器の歴史は、 音を 物理的な振動 で作ってきた。 弦を弾き、 管に息を吹き込み、 膜や板を叩く。 ところが 20 世紀に入ると、 まったく別の原理が現れる — 電気で直接、 音を作る。 これがホルンボステル=ザックス分類に後から追加された第 5 の族、 電鳴楽器 (electrophone) である。

その最初の実用例が、 鍵盤楽器ではなく、 鍵盤すらない不思議な楽器 だった。

テルミン (1920) — 触れずに弾く

レフ・テルミン (Leon Theremin、 1896-1993) は、 ロシアの物理学者。 真空管の研究の副産物として、 手を触れずに空中で演奏する楽器 を 1920 年に発明した。

  • 2 本のアンテナに手を近づけると、 静電容量 が変化する
  • 一方のアンテナで 音の高さ、 もう一方で 音量 を制御
  • 演奏者は空中で手を動かすだけ。 楽器に一切触れない

その音は、 人の声ともヴァイオリンともつかない、 ゆらめく連続音。 SF 映画や心霊映画の効果音として知られ、 ビーチ・ボーイズ「Good Vibrations」でも使われた (厳密には類似楽器)。 テルミンは 「電気が音になる」 ことを世界に示した、 電子楽器の原点である。

オンド・マルトノ (1928) — 鍵盤がついた

テルミンの数年後、 フランスの モーリス・マルトノオンド・マルトノ (Ondes Martenot) を発明。 テルミンと同じく真空管の発振を使うが、 鍵盤とリボン (指輪を滑らせる) で音程を操作できるようにした。 演奏の再現性が高く、 クラシックの作曲家に愛用された。

  • オリヴィエ・メシアン の『トゥーランガリラ交響曲』(1948) が有名
  • 幽玄で歌うような音色。 現代音楽・映画音楽で今も使われる

テルミンが 「触れない」 実験だったのに対し、 オンド・マルトノは 鍵盤という伝統的インターフェースを電子楽器に接続 した点で、 電子鍵盤への一歩だった。

ハモンドオルガン (1935) — 倍音を合成する

ローレンス・ハモンド が 1935 年に発表した ハモンドオルガン は、 電子鍵盤史の重要な分岐点。

  • トーンホイール — 歯車状の金属円盤を回転させ、 電磁ピックアップで拾って音を作る
  • ドローバー — 各倍音の量をスライダーで混ぜ、 音色を作る (加算合成 の原型)
  • パイプオルガンの代替として教会・家庭向けに売られたが、 やがて ジャズ・ゴスペル・ロック の主役に

特に B-3 モデルは、 回転スピーカー (レスリー) と組み合わせた独特のうねる音で、 ジミー・スミス (ジャズ)、 ディープ・パープル (ロック) などに愛された。 「倍音を混ぜて音色を作る」 という発想は、 後のシンセサイザーの音作りに直結する。

「電気で音を作る」 という発想の確立

黎明期の 3 つの楽器は、 それぞれ別の方法を示した:

楽器 原理 インターフェース
テルミン 1920 真空管の発振 空中の手 (触れない)
オンド・マルトノ 1928 真空管の発振 鍵盤 + リボン
ハモンドオルガン 1935 トーンホイール + 電磁 鍵盤 + ドローバー

共通するのは、 物理的な共鳴体を持たず、 電気信号を作ってスピーカーで鳴らす こと。 この発想が確立したことで、 次の時代 — 「電気で音を作る鍵盤楽器」 の本格的な展開が始まる。

ただし黎明期の楽器は、 まだ 音を自在にデザインする 段階には至っていなかった。 それを可能にしたのが、 まず機械振動を電気増幅する エレクトリック・ピアノ、 そして電圧で音を合成する シンセサイザー である。

次記事では、 シンセの前に大衆音楽の音を決定づけた エレクトリック・ピアノ — Fender Rhodes・Wurlitzer・Clavinet の世界を辿る。

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