ピタゴラスと古代 — 数と耳の対立

音楽理論の出発点、紀元前の古代。 ピタゴラスは弦の長さの整数比(2:1 オクターブ、3:2 完全 5 度)に協和を見出し「音楽は数である」とした。 だがアリストクセノスは「耳で判断すべき」と反論。 この数理 vs 聴覚の対立が理論史 2500 年の縦糸になる。 同時期、中国の三分損益法・十二律、インドのシュルティも独立に成立していた。

music-theoryhistorypythagorasantiquitytemperamentancient-greece

音楽理論は「数の発見」から始まった

音楽理論の歴史は、 一人の哲学者が 弦をはじいたところから始まる。 ピタゴラス (Pythagoras、 c.570-495 BCE) — サモス島出身の数学者・哲学者。 彼が発見したのは、 心地よく響く音の組み合わせが、 単純な整数比に対応するという事実だった。

これは「音を科学の対象にできる」という、 途方もない気づきだった。 感覚的で捉えどころのない「美しい響き」が、 という普遍言語で書ける。 音楽理論という営みは、 ここから 2500 年の歩みを始める。

弦の比率と協和音

ピタゴラス(学派)が見出した対応関係:

弦の長さの比 音程 響き
2:1 オクターブ 最も溶け合う(ほぼ同じ音)
3:2 完全 5 度 明るく安定
4:3 完全 4 度 安定
9:8 全音

弦を半分にすると 1 オクターブ高い音、 2/3 にすると完全 5 度高い音が鳴る。 単純な比ほど協和し、 複雑な比ほど不協和という原理。 「宇宙は数の調和でできている」というピタゴラス派の世界観(天球の音楽 musica universalis)の核になった。

ピタゴラス音律とその宿命

完全 5 度(3:2)を積み重ねて音階を作る方法をピタゴラス音律という。 だがここに宿命的な問題がある: 5 度を 12 回積んでも、 7 オクターブと ぴったり一致しない。 わずかなズレ(ピタゴラスのコンマ)が残る。

これは「数学的に純粋な音律は、 実は閉じない」という発見で、 音律問題(このシリーズの縦糸の一つ)の起点になった。 後の平均律(第 5 記事)は、 このズレを 12 音に薄く配分して解決する。

数 vs 耳 — アリストクセノスの反論

ピタゴラス派が「音楽は数の比率で決まる」としたのに対し、 アリストクセノス (Aristoxenus、 c.4C BCE) — アリストテレスの弟子 — は真っ向から反論した:

音程の正しさは、 数の計算でなく 訓練された耳の判断で決めるべきだ。

彼は音楽を「聞こえるもの」として、 経験的・現象的に扱おうとした。 数理(ピタゴラス)vs 聴覚(アリストクセノス) — この対立が、 音楽理論史の最も古く、 そして最も長く続く縦糸になる。 現代の「理論通りだが響かない/理論外だが良い」という議論まで、 この 2 人の対立の反復である。

古代ギリシャの旋法

古代ギリシャには harmoniai(旋法)テトラコルド(4 音単位の音列) の理論があった。 ドリア・フリギア・リディアといった名前は、 後の中世教会旋法(第 2 記事)に —— 意味は変質しつつ —— 受け継がれる。 プラトンは『国家』で「どの旋法が人格に良い影響を与えるか」を論じ、 音楽が倫理・教育と結びつく(エートス論)視点も生まれた。

西洋だけではない — 中国とインド

重要なのは、 音楽理論は西洋の専売特許ではないこと。 ほぼ同時期に、 独立して精緻な理論が生まれていた:

  • 中国三分損益法(五度相生)。 弦を 2/3・4/3 する操作(=ピタゴラスの 5 度・4 度と本質同じ)で 十二律を導く。 音律を天文・暦・政治と結びつけた
  • インドシュルティ(1 オクターブを 22 の微分音に分割)と、 後のラーガ(旋律型)の萌芽

つまり「弦の比率で音律を作る」発想は人類が各地で独立に到達した普遍的な発見であり、 一方でそれをどう体系化するか(西洋=和声へ、 インド=微分音と旋律型へ)は文化ごとに大きく分岐した(第 10 記事で詳述)。

この記事から次の記事へ

古代 — ピタゴラスの数、 アリストクセノスの耳、 そして各文明の独立した理論を辿った。 だが古代の理論には決定的な限界があった: 音を正確に書き記す方法がなかった。 次記事では、 中世の グイード・ダレッツォが発明した 記譜法の革命(四線譜とドレミの起源)が、 いかにその後の複雑な理論と多声音楽を可能にしたかに迫る。

← Back to 音楽理論の系譜