中世とグイード — 記譜法の革命

中世の音楽理論。 ボエティウスが古代ギリシャ理論をラテン世界へ伝え、音楽は「数学の一科」と位置づけられた。 そして 11 世紀、グイード・ダレッツォが四線譜とソルミゼーション(ut re mi fa sol la = ドレミの起源)を発明。 音を正確に書き記せるようになったことが、複雑な多声音楽と理論を可能にした、理論史最大級の技術革新を辿る。

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「書けない」理論の限界

古代の理論(第 1 記事)には決定的な穴があった —— 音を正確に記録する方法がなかった。 旋律は口伝えで、 世代を超えると変わってしまう。 複数の声部を精密に重ねることも、 それを分析することもできない。 理論が扱える対象は「今ここで鳴っている音」に限られていた

中世はこの限界を突破した時代である。 その主役が 記譜法だった。

ボエティウス — 古代を中世へ橋渡し

ボエティウス (Boethius、 c.480-524) は、 古代ギリシャの音楽理論をラテン語で書き残し、 中世ヨーロッパへ伝えた。 彼の『音楽教程』は中世の標準教科書になる。

彼は音楽を 3 種に分類した:

  • musica mundana — 宇宙・天体の調和(聞こえない音楽)
  • musica humana — 人間の心身の調和
  • musica instrumentalis — 実際に鳴る音楽

そして音楽を quadrivium(算術・幾何・天文・音楽の 4 科) の一つ、 すなわち数学の一分野と位置づけた。 中世の大学で「音楽 = 数を扱う学問」だった、 という認識はここに由来する。 演奏より理論(数比)が上位、 という価値観の時代。

教会旋法

中世の音楽(グレゴリオ聖歌など)は 8 つの教会旋法(church modes) で組織された。 ドリア・フリギア・リディア・ミクソリディア(+各正格に対する変格)。 古代ギリシャの旋法名を借りているが、 中身は別物(音の並びの対応がずれている)。 「旋法」という枠組みが、 後の長調・短調(2 つの旋法への収斂)まで音楽を支配する。

グイード・ダレッツォ — 記譜法の革命

グイード・ダレッツォ (Guido d’Arezzo、 c.991-1033) は、 イタリアの修道士。 音楽理論史における最大級の技術革新を成し遂げた。

四線譜(音高を線で固定)

それまでの ネウマ譜は、 旋律の上がり下がりを大まかに示すだけで、 正確な音高は歌い手の記憶頼りだった。 グイードは 4 本の線(譜表) を引き、 線と間に音符を置くことで 音高を視覚的に固定した。 これで「見たことのない旋律を、 楽譜だけで正しく歌える」ようになった。

ソルミゼーション(ドレミの起源)

グイードは聖ヨハネ賛歌の各行の頭の音が順に上がることに気づき、 その歌詞から音名を取った:

Ut queant laxis / Resonare fibris / Mira gestorum / Famuli tuorum / Solve polluti / Labii reatum

これが ut re mi fa sol la —— 現在の ドレミファソラの直接の起源である(ut は後に歌いやすい do に、 si/ti が加わり 7 音に)。 音を「相対的な位置」で歌う技法(ヘクサコード、 6 音単位)と、 手の各部に音名を割り当てて暗記する「グイードの手」も考案した。

なぜ記譜法が「理論」を可能にしたのか

記譜法の革命が、 その後の音楽を一変させた:

  1. 多声音楽(ポリフォニー)の発達 — 複数の声部を精密に書けるので、 複雑な重ね合わせが可能に。 オルガヌム → アルス・アンティクア → アルス・ノヴァ(14 世紀、 記譜されたリズムの複雑化、 フィリップ・ド・ヴィトリ)
  2. 分析の対象化 — 「書かれた音楽」は後から分析・批評できる。 理論が「今鳴る音」から「記録された作品」へ対象を広げた
  3. 作曲の可能化 — 頭の中でなく紙の上で音楽を組み立てられる

「音を書ける」ことは、 音楽を数学(ボエティウス)から 作品を作る技芸(アート)へと解き放った。 記譜法なくして、 バッハもラモーの和声理論もありえない。

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中世 — ボエティウスの継承と、 グイードの記譜革命を辿った。 「書ける」ようになった音楽は、 ルネサンスで 複数の旋律を美しく重ねる技法(対位法) を精緻化していく。 次記事では ザルリーノが長三和音・短三和音を区別し、 対位法の規則を体系化した —— 「和音」という縦の響きが理論の視野に入り始める時代に迫る。

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