20 世紀の巨匠 — クライスラー・ハイフェッツ・オイストラフ・ミルシュタイン

録音時代を代表する 20 世紀のヴァイオリニストたち。 「ヴァイオリンの王」ヤッシャ・ハイフェッツの完璧な技巧、 ウィーンの気品フリッツ・クライスラー、 ソ連の巨人ダヴィド・オイストラフ、 純粋様式のナタン・ミルシュタイン、 そして人道の人メニューイン。 レコードに刻まれた「音」で演奏の規範を打ち立てた名手たちの系譜を辿る。

violinviolinistsheifetzkreisleroistrakhmilstein20th-century

「音」 が残る時代の 名手たち

録音技術 (前記事) により、 20 世紀の 名ヴァイオリニストの 演奏は 永久に残り、 手本となった。 彼らの 「音」 は 今も 聴くことができ、 演奏の 規範を打ち立てた。 この記事では その 代表的な巨匠を辿る。

クライスラー — ウィーンの 気品

フリッツ・クライスラー (Fritz Kreisler、 1875-1962) は ウィーン出身。 甘美で 気品ある 音色、 「ウィーン風」 の 優雅さの 代名詞:

  • 独特の 絶え間ないヴィブラート と 温かい音
  • 自作の小品 (「愛の喜び」 「愛の悲しみ」 「美しきロスマリン」) が 愛奏される
  • かつて 「古い作曲家の 発見された作品」 として発表した曲が、 実は自作だった と後に告白 (音楽界の 有名な逸話)
  • 録音初期の 大スター、 「歌う」 ヴァイオリンの 体現者

ハイフェッツ — 「ヴァイオリンの王」

ヤッシャ・ハイフェッツ (Jascha Heifetz、 1901-1987) は、 20 世紀最高の ヴァイオリニスト と 広く称される。 リトアニア (当時ロシア帝国) 生まれ、 後にアメリカへ:

  • 1917 年、 16 歳で カーネギーホール・デビュー、 聴衆と 批評家を 震撼させた
  • 完璧な技巧、 正確無比な 音程、 輝かしい音 — 「非の打ち所がない」 演奏
  • 感情を抑えた 貴族的なスタイル — 「冷たい」 という批判もあったが、 内に秘めた 情熱
  • 膨大な録音を残し、 技術の 到達点 として 後世の 全奏者の 手本に

有名な逸話: ある批評家が 「ハイフェッツの演奏は 完璧すぎて つまらない」 と評したところ、 別の音楽家が 「では君が その 完璧を やってみたまえ」 と返した。 完璧さそのものが 一つの芸術だった。

オイストラフ — ソ連の 巨人

ダヴィド・オイストラフ (David Oistrakh、 1908-1974) は ソ連 (ウクライナ・オデッサ) の 大ヴァイオリニスト:

  • 温かく 豊かな 音色、 スケールの大きな 音楽
  • ショスタコーヴィチ (協奏曲 第 1・2 番)、 プロコフィエフ が 彼のために書いた
  • 冷戦下でも 西側で 絶大な人気、 東西の 音楽的架け橋に
  • 「人間的な 温かさ」 で ハイフェッツの 「完璧な冷たさ」 と 好対照

息子 イーゴリ・オイストラフ も ヴァイオリニスト。 ソ連の 弦楽教育 (ロシア楽派) の 頂点を体現した。

ミルシュタイン — 純粋様式の人

ナタン・ミルシュタイン (Nathan Milstein、 1903-1992) は オデッサ生まれ、 オイストラフと 同郷:

  • 端正で 純粋、 誇張のない 気高いスタイル
  • バッハの無伴奏 の 名盤で知られる — 構築的で 清冽な バッハ
  • 90 歳近くまで 現役、 長い演奏生命
  • 自作のカデンツァや 編曲も

ミルシュタインは 「様式の純粋さ」 を 追求した 求道者的な 名手として 尊敬される。

メニューイン — 人道の人

ユーディ・メニューイン (Yehudi Menuhin、 1916-1999) は アメリカ生まれの 神童、 後に イギリスで 活躍:

  • 7 歳で デビューした 天才少年
  • エルガー協奏曲を 作曲者自身の指揮で録音 (16 歳)、 伝説の名盤
  • バルトークの 無伴奏ソナタ を委嘱 (前記事)
  • 第二次大戦後、 敵国だったドイツで 演奏 し 和解を訴える、 人道的活動家
  • インド音楽 (ラヴィ・シャンカルとの共演)、 音楽教育 (メニューイン音楽学校) にも尽力

メニューインは 「音楽を通じた 平和と教育」 を 体現し、 演奏家の 社会的役割を 広げた。

名手と 銘器の 組み合わせ

20 世紀の 巨匠たちは、 それぞれ 銘器を 携えた:

奏者 主な使用楽器 系統
ハイフェッツ グァルネリ・デル・ジェス 力強い (デル・ジェス派)
クライスラー グァルネリ・デル・ジェス 等 甘い音
オイストラフ ストラディヴァリ 豊かな音
ミルシュタイン ストラディヴァリ 「ゴールドマン」 純粋な音

第 2 記事で見たとおり、 奏者の個性と 楽器の系統 (ストラド/デル・ジェス) の 組み合わせが、 それぞれの 「音」 を作った。

ロシア楽派の 圧倒的存在感

20 世紀ヴァイオリンの 特徴は、 ロシア (ソ連) 出身者の 圧倒的多さ:

  • ハイフェッツ・ミルシュタイン・オイストラフ — いずれも 帝政ロシア/ソ連圏
  • 名教師 レオポルト・アウアー (チャイコフスキー協奏曲を初め拒否した人) の 門下から 多数の名手
  • ロシア弦楽教育の 体系 が 20 世紀の 演奏水準を 牽引した

この ロシア楽派の 伝統は、 現代の 奏者にも 受け継がれている (次記事)。

この記事から次の記事へ

録音時代の 20 世紀の巨匠たちを辿った。 次記事では 現代の ヴァイオリニスト — 温かい人間味の パールマン、 現代の女王 アンネ=ゾフィー・ムター、 知性派 ヒラリー・ハーン、 マルチな ジョシュア・ベル — 20 世紀後半から 21 世紀に活躍する 名手たちに迫る。

← Back to ヴァイオリンの系譜