20 世紀の名ピアニスト — ホロヴィッツ・グールド・リヒテル・アルゲリッチ
20 世紀は 「録音の時代」、 演奏家が 世界的スターとなった 100 年。 ヴラディーミル・ホロヴィッツ (1903-1989) の 電光石火の指技、 スヴィアトスラフ・リヒテル (1915-1997) の ソ連の巨人、 グレン・グールド (1932-1982) の [ゴルトベルク] と孤独な奇人、 マルタ・アルゲリッチ (1941-) の炎の演奏、 アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ (1920-1995) の完璧主義、 アルフレッド・ブレンデル (1931-) の知性、 マウリツィオ・ポリーニ (1942-2024) の理想主義、 内田光子 (1948-) の澄明。 SP から CD、 YouTube まで 変化する 「聴かれ方」 の中で 名ピアニストたちを 辿る。
「録音時代の ピアニスト」
前記事 [ラフマニノフ・スクリャービン] までの ピアニストは、 主に 公開演奏会と 楽譜 で 名声を得た。 20 世紀に 蓄音機・LP・CD・YouTube が発達すると、 録音による 世界的ピアニスト の 時代が来る:
- 1900 年代 — SP レコード (78 回転、 片面 3-4 分)
- 1948 年 — LP レコード (30 分連続)
- 1963 年 — カセット
- 1982 年 — CD
- 2005 年〜 — YouTube、 デジタル配信
「演奏家の 芸術が 半永久的に 保存され、 世界に 届く」 — 音楽史の 大転換。 リストのように 演奏で 名声を築く が、 その 記録は 「伝説」 として 残る。 20 世紀は 「録音で 演奏家を 判断する」 時代。
ヴラディーミル・ホロヴィッツ — 「電光石火の 巨人」
ヴラディーミル・サモイロヴィチ・ホロヴィッツ (Vladimir Samoylovich Horowitz、 Владимир Горовиц、 1903-1989) は、 ウクライナ・キエフ (現ウクライナ) 生まれの ユダヤ系ピアニスト。 20 世紀最大の ピアニスト の 一人。
生涯
- 1903 年 10 月 1 日 — キエフで誕生 (裕福な ユダヤ系家庭)
- 1912-1919 — キエフ音楽院、 フェリックス・ブルーメンフェルト (アントン・ルビンシテインの弟子) に 師事
- 1917 年 ロシア革命 — 一家 財産没収
- 1922 年 — ハリコフでのデビュー、 一晩で 25 曲の 協奏曲を 弾き分ける 伝説
- 1925 年 — ソ連から出国、 ベルリン・ロンドン・パリ
- 1928 年 1 月 12 日 — カーネギー・ホール NY デビュー、 大成功
- 1933 年 — アルトゥーロ・トスカニーニの 娘 ワンダと結婚
- 1953-1965 — 12 年間 演奏活動 中断 (神経衰弱)
- 1965 年 5 月 9 日 — カーネギー・ホール 復帰演奏会、 世紀のイベント
- 1986 年 4 月 20 日 — 60 年ぶりに ソ連 (モスクワ・レニングラード) で 演奏会、 冷戦解凍の 象徴
- 1989 年 11 月 5 日 — NY で死去、 86 歳
「電光石火の 指技」
ホロヴィッツの 演奏は 「稲妻のような 速さ、 電光石火の 音」 :
- 平らな指の 打鍵法 — 現代ピアノ教育では 「間違い」 とされる 独特の技法
- 極めて 力強い 打鍵、 大きな音量
- 狂気じみた 速度
- 予測できない ルバート、 テンポ変化
「ホロヴィッツ以外に 誰も 弾けない」 と 言われる 表現。
主要レパートリー
- ラフマニノフ — 「ラフマニノフの 娘婿的」 存在、 [3 番協奏曲] の 決定的名演
- ショパン — [夜想曲]、 [マズルカ]、 [バラード]
- リスト — [ロ短調ソナタ]、 編曲
- スクリャービン — [ソナタ]、 [練習曲]
- シューマン — [子供の情景]、 [クライスレリアーナ]
- スカルラッティ — 500 のソナタから 精選
3 度の 引退・復帰
ホロヴィッツは 神経衰弱 で 何度も 演奏活動を 中断:
- 1936-1938 (2 年間)
- 1953-1965 (12 年間) — 「サイレント・ホロヴィッツ」
- 1969-1974 (5 年間)
- 1983-1985 (2 年間)
「弾ける時と 弾けない時の 極端な 差」 — ホロヴィッツの 個性を 象徴。 1965 年の カーネギー・ホール 復帰演奏は 「20 世紀 最大の 音楽イベント」 の 一つ。
「トスカニーニの娘婿」
1933 年、 世界的指揮者 アルトゥーロ・トスカニーニ の 娘 ワンダ・トスカニーニ (1907-1998) と 結婚。 音楽界の 「王家の 結婚」 。
- ワンダは 独立した 音楽家、 生涯 ホロヴィッツを支える
- 一人娘 ソニア (1934-1975) — 若くして自死
- ホロヴィッツ・ワンダとも カーネギー・ホール裏の 邸宅 で 過ごし、 娘の 悲劇を 抱えて生きる
スタインウェイの 「ホロヴィッツ・ピアノ」
ホロヴィッツは 特別に 調整された スタインウェイ D、 CD75 (シリアル 番号) を 愛用。 世界のツアーには 必ず この楽器を 空輸。 現代でも スタインウェイ NY 工場に 保管、 特別演奏で 使用。
スヴィアトスラフ・リヒテル — 「ソ連の 巨人」
スヴィアトスラフ・テオフィロヴィチ・リヒテル (Svyatoslav Teofilovich Richter、 Святослав Рихтер、 1915-1997) は、 ウクライナ・ジトーミル生まれ (ドイツ系)。 20 世紀最大の ピアニスト、 ホロヴィッツと 並ぶ 存在。
生涯
- 1915 年 3 月 20 日 — ジトーミルで 誕生
- 1937 年 — モスクワ音楽院 入学 (22 歳、 遅い)、 ハインリヒ・ネイガウス に 師事
- 1945 年 — 全ソ連ピアノコンクール 優勝
- 1949 年 — スターリン賞 受賞
- 1960 年 10 月 15 日 — 45 歳、 初の 米国公演 (カーネギー・ホール)、 大センセーション
- 1997 年 8 月 1 日 — モスクワで死去、 82 歳
「未知の 東の 巨人」
1960 年、 リヒテルが 45 歳で 初めて 鉄のカーテンの 外に 出た時、 西側は 「未知の ソ連の巨人」 に 衝撃を受ける:
- 既に カルーソやシャリアピンのような 伝説
- 技術・音楽性ともに 極めて 高い
- 謙虚で 内向的、 「録音を嫌う」
「ホロヴィッツより 深く、 グールドより 幅広い」 — 現代の評価。
巨大な レパートリー
リヒテルは 世界のピアノ・レパートリー の ほぼ 全てを 弾いた:
- バッハ [平均律 全 48 曲]
- ベートーヴェン [ソナタ・協奏曲・室内楽]
- シューベルト [即興曲・ソナタ・室内楽]
- シューマン、 ショパン、 ブラームス
- リスト、 スクリャービン、 ラフマニノフ
- ドビュッシー、 ラヴェル
- プロコフィエフ [ソナタ]、 バルトーク、 ヒンデミット
- メンデルスゾーン、 チャイコフスキー
「弾かない曲を数える方が 早い」 と 言われる、 巨大な 引き出し。
「録音を嫌う」
リヒテルは スタジオ録音を 極端に 嫌った:
- ライブ録音を 好む
- 同じ曲を 決まった 解釈で 弾かない
- 「音楽は その場の もの」
多くの 名録音は コンサート・ライブから 抜粋。 リヒテルの 演奏は 「二度と 同じ演奏は しない」 生々しさ。
前記事 [ラフマニノフ・スクリャービン] との つながり
- プロコフィエフ [ピアノ・ソナタ第 7 番] 世界初演 (1943、 リヒテル 28 歳)
- [プロコフィエフ ピアノ協奏曲第 5 番] 世界初演 (1943、 プロコフィエフ 弾き振り 予定が 病気で 代役)
「20 世紀ソ連音楽の 生き証人」。
グレン・グールド — 「バッハの 詩人・奇人」
グレン・ハーバート・グールド (Glenn Herbert Gould、 1932-1982) は、 カナダ・トロント生まれ。 50 歳、 脳卒中で 死去。 20 世紀最も 個性的な ピアニスト、 特に バッハ演奏 で 世界的名声。
生涯
- 1932 年 9 月 25 日 — トロントで 誕生 (アルバート・エドワード・グールドの 息子、 後に 母方 姓のグールドに)
- 1946 年 — 13 歳 で トロント音楽院 卒業
- 1955 年 6 月 25 日 — 22 歳、 コロンビア・スタジオで [ゴルトベルク変奏曲] 録音、 「衝撃の デビュー・アルバム」
- 1957 年 — ソ連公演、 冷戦時代 の 音楽的 架け橋
- 1964 年 4 月 10 日 — 32 歳、 ロサンゼルスでの コンサートを 最後に、 公開演奏を 引退
- 1964-1982 — スタジオ録音のみ、 CBC ラジオでの ドキュメンタリー制作
- 1981 年 4-5 月 — [ゴルトベルク変奏曲] 再録音 (デジタル)、 26 年後の 「別の演奏」
- 1982 年 10 月 4 日 — トロントで 脳卒中、 50 歳で死去 (再録音の 4 ヶ月後)
1955 年 [ゴルトベルク変奏曲] 録音
グールド 22 歳、 コロンビア・レコードでの デビュー録音。 バッハ [ゴルトベルク変奏曲] BWV 988:
- 極めて 速い テンポ
- 打楽器的で 明晰な 打鍵
- カウンターポイントを 完全に 独立して 弾き分ける
- 鼻歌を歌いながら 弾く (録音に 微かに聞こえる)
これは 音楽史の 大事件:
- 「マイナー曲」 だった [ゴルトベルク] を 世界的名曲に
- バッハ演奏の 常識を 覆す
- 22 歳の 若者が 世界を 震撼
前シリーズ [西洋音楽の系譜] 03 の バッハ復活運動の 20 世紀最大の続き。
1964 年 — 公開演奏引退
32 歳で 公開演奏を 引退、 世界を驚かせる:
「演奏会場は 動物園だ。 私は もう 動物にはならない」
以後 18 年間、 スタジオ録音のみ:
- 編集 を 大量に使用 (テイクを 継ぎ接ぎ)
- 「完璧な 演奏」 の 追求
- 哲学的・文学的な エッセイ執筆
「演奏芸術 vs 録音芸術」 の 20 世紀的問題を 極端に 実践。
独特の 姿勢と 習慣
グールドは 極めて 個性的:
- 父が作った 特製の 低い 椅子 に 座る、 「テーブル並みの 低さ」
- 手袋を 何枚も 重ね、 手を温める
- 暑くても 冬コート、 手袋、 マフラー
- 鼻歌を歌いながら 弾く (録音技師の 悩み)
- 精神科医への 依存、 大量の 薬
- 社交嫌い、 主に 電話で 交流
「奇人ピアニスト」 の 典型。 「グールドは 精神疾患だった」 説も。
1981 年 [ゴルトベルク] 再録音
26 年後、 グールドは [ゴルトベルク] を 再録音:
- 1955 年版 — 速い、 若い、 華麗
- 1981 年版 — 遅い、 熟考、 深奥
1982 年 10 月 4 日、 再録音の 数ヶ月後 に 死去。 「予感していた 遺作」 とも。
主要レパートリー
- バッハ — 世界最高権威、 [ゴルトベルク]、 [平均律]、 [インヴェンション]、 [パルティータ] 等
- ベートーヴェン — 32 のソナタ全曲、 独自の 遅めテンポ
- モーツァルト — 意図的に 常識を破る 演奏 (賛否両論)
- シェーンベルク・ベルク — 20 世紀無調音楽への 強い共感
- ブラームス [間奏曲集] — 深奥
ショパン・リスト・ラフマニノフを 弾かない — 「派手な ロマン派」 を 意図的に 拒否。
映画・書籍
- [グレン・グールド: 32 のショートフィルム] (1993、 フランソワ・ジラール監督) — カナダ映画
- [グレン・グールドをめぐる 27 のエピソード] — トーマス・ベルンハルトの小説
「20 世紀最も 語られた ピアニスト」 の 一人。
マルタ・アルゲリッチ — 「炎の 女神」
マルタ・アルゲリッチ (Martha Argerich、 1941-) は、 アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。 20 世紀後半 最大の 女性ピアニスト、 現代でも 演奏活動。
生涯
- 1941 年 6 月 5 日 — ブエノスアイレスで誕生 (ユダヤ系)
- 1946 年 5 歳 — 公開演奏 デビュー
- 1955 年 14 歳 — 一家で ヨーロッパへ、 フリードリヒ・グルダ に師事 (ウィーン)
- 1957 年 — ジュネーヴ国際コンクール、 ブゾーニ国際コンクール 優勝 (16 歳)
- 1965 年 — ショパン国際コンクール 優勝 (24 歳)
- 1980 年 — スタニスラフ・ブーニン 優勝時 の 審査員、 マルタは 「イーヴォ・ポゴレリッチが 落選した」 ことに 抗議して 辞任
- 現代 (2020 年代) — 80 歳超えても 演奏活動
「炎の演奏」
アルゲリッチの 演奏は 激しい情熱、 圧倒的な技巧、 予測不可能性:
- 極めて 速い テンポ
- 強い ルバート
- オクターブ・和音の 圧倒的な力
- 興奮した 表現
「ピアノを 燃やしそうな 演奏」 と 評される。 現代最大の 女性ピアニスト。
独奏よりも 室内楽・協奏曲
アルゲリッチは 独奏リサイタルを 好まず、 協奏曲・室内楽 を 中心に:
- 他人と 弾く方が 楽しい
- 「孤独が 怖い」
- 「発表会は 緊張する」
ネルソン・フレイレ、 マハン・エスファハニ、 バレンボイム、 クレーメル、 マイスキー らとの デュオ・トリオが 多い。
主要レパートリー
- ショパン — 協奏曲 1・2 番、 ソナタ、 小品
- ラヴェル — 協奏曲、 [夜のガスパール]
- プロコフィエフ — 協奏曲第 3 番
- チャイコフスキー — 協奏曲第 1 番
- バッハ — [パルティータ]、 [トッカータ]
- 室内楽 — シューベルト [ます]、 ドビュッシー [白と黒で]、 バルトーク、 ショスタコーヴィチ
「別府アルゲリッチ音楽祭」
1998 年、 大分県別府市 で 音楽祭創設。 若い音楽家を支援。 現代日本の クラシック文化に 大きな影響。
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ (Arturo Benedetti Michelangeli、 1920-1995) は、 イタリア・ブレシア生まれ。 完璧主義の 極致、 「20 世紀最高峰の 音の 職人」。
特徴
- 極めて 少ない録音・演奏会、 頻繁な キャンセル
- 調律・湿度・照明への 極度の こだわり
- 完璧な音、 澄明な タッチ
- わずかな レパートリー — バッハ、 ショパン、 スカルラッティ、 ドビュッシー、 ラヴェル、 ラフマニノフ (協奏曲)、 ハイドン、 ベートーヴェン、 モーツァルト
「完璧を 求めて 演奏しない」 ピアニスト。 演奏会は 半分は キャンセル、 現代の ライブ配信・SNS 時代なら 経営破綻の 危機。
その他の 20 世紀名ピアニスト
アルフレッド・ブレンデル (1931-2025)
チェコ→英。 モーツァルト・シューベルト・ベートーヴェンの 権威、 知的な 演奏。 ベートーヴェン全 32 ソナタ 3 回 全集録音、 世界的な 尊敬。 詩人・エッセイストでもある。
マウリツィオ・ポリーニ (1942-2024)
イタリア・ミラノ生まれ。 1960 年 ショパンコンクール 優勝 (18 歳、 満場一致)、 その後 10 年間 演奏を 控え 再訓練。 理想主義的、 完璧な演奏。 ノーノ・シュトックハウゼン等 現代音楽 も 積極的に。 2024 年 死去。
ヴィルヘルム・ケンプ (1895-1991)
ドイツ。 詩的な ベートーヴェン・シューマン・シューベルト、 96 歳長寿。
ヴィルヘルム・バックハウス (1884-1969)
ドイツ。 重厚な ベートーヴェン、 20 世紀前半の巨匠。
ルドルフ・ゼルキン (1903-1991)
ボヘミア→米。 深いブラームス・ベートーヴェン、 教育者としても。
クラウディオ・アラウ (1903-1991)
チリ。 深奥な ベートーヴェン・ブラームス・ショパン、 マルタ祭のプロヴァンス公演。
エミール・ギレリス (1916-1985)
ソ連・オデッサ。 リヒテルと 並ぶ ソ連の 巨匠、 全集録音を目指すも 早すぎる 死。
ラドゥ・ルプー (1945-2022)
ルーマニア。 内省的な シューベルト・ブラームス、 「隠れた 巨匠」。
内田光子 (1948-)
日本→英。 モーツァルト・シューベルト・シューマン の 澄明な 表現。 ロンドン王立音楽アカデミー で 学び、 ザルツブルク音楽祭 芸術監督 (2019 年より)。 世界的な 女性ピアニスト、 前シリーズ [西洋音楽の系譜] の クララ・シューマンの 21 世紀版。
エフゲニー・キーシン (1971-)
ソ連・モスクワ。 12 歳で ショパン協奏曲 2 曲を一晩で 弾いた 神童、 20 世紀末の 大スター。
ダニール・トリフォノフ (1991-)
ロシア→米。 21 世紀の若手、 チャイコフスキー・ショパン・ラフマニノフ全曲録音。
20 世紀ピアニストの 系譜 — 3 系統
ドイツ・オーストリア系
- レシェティツキー (ウィーン、 リストの弟子) → シュナーベル、 パデレフスキ、 ハンス・フォン・ビューロー
- クララ・シューマン → 女性ピアニストの 系譜
- ケンプ、 バックハウス、 ブレンデル、 内田光子 への 系譜
ロシア系
- アントン・ルビンシテイン → ラフマニノフ、 レヴィン、 ゴドフスキー
- ネイガウス (キエフ→モスクワ) → リヒテル、 ギレリス、 その後 現代まで
- ホロヴィッツ、 アシュケナージ、 プレトニョフ、 キーシン、 マツーエフ、 トリフォノフ
フランス・イタリア系
- コルトー、 マルグリット・ロン → ハスキル、 サンソン・フランソワ
- ミケランジェリ、 ポリーニ、 アルゲリッチ への 系譜
「レコード時代」 の 変化
- 1900-1940 — SP レコード、 78 回転、 短い曲
- 1948-1980 — LP レコード、 全集録音の 時代 (ベートーヴェン ソナタ全集など)
- 1980-2000 — CD 時代、 デジタル、 大量録音
- 2005- — YouTube・Spotify、 「ライブ動画で 世界を 感動」
「録音で 世界的ピアニスト」 の 20 世紀 → 「YouTube で 世界的ピアニスト」 の 21 世紀。 藤田真央、 反田恭平などが この移行の 代表。
女性ピアニストの 系譜
前シリーズ [西洋音楽の系譜] の クララ・シューマン (1819-1896) から アルゲリッチ、 内田光子 まで:
- クララ・シューマン (1819-1896)
- テレサ・カレーニョ (1853-1917) — ベネズエラ
- テレサ・スタジェレヴィッチ・ムンツ (1907-1965) — ポーランド
- クララ・ハスキル (1895-1960) — ルーマニア→スイス
- ロザリン・テューレック (1913-2003) — 米、 バッハ
- アルゲリッチ (1941-)
- 内田光子 (1948-)
- マリア・ジョアン・ピリス (1944-) — ポルトガル
- エレーヌ・グリモー (1969-) — 仏
- ユジャ・ワン (1987-) — 中国系
- アリス=紗良・オット (1988-) — 日独
現代への 影響
- 録音産業 — 20 世紀の主要 収入源、 21 世紀は 縮小
- 公開演奏会 — 依然として クラシック文化の 中核
- 国際コンクール — ショパン、 チャイコフスキー、 クライバーン、 リーズ、 ARD、 ハマーマツ、 浜松、 仙台 等
- 教育 — マスタークラス、 音楽祭 (ヴェルビエ、 ラ・ロック・ダンテロン、 ラ・フォル・ジュルネ、 別府アルゲリッチ)
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20 世紀の 巨匠ピアニストを辿った。 次記事は piano シリーズ 最終記事 — 現代 (2000-2025) の ピアニスト。 エフゲニー・キーシン (1971-)、 ラン・ラン (1982-)、 ユジャ・ワン (1987-)、 辻井伸行 (1988-)、 藤田真央 (1998-)、 亀井聖矢 (2001-) の 現世代、 ジャズピアノとの 融合 (ビル・エヴァンス、 キース・ジャレット、 上原ひろみ、 チック・コリア)、 YouTube・SNS 時代のピアニスト — 21 世紀ピアニズムの 現在を辿り、 300 年の 系譜を 総括する。