浮世絵 400 年史 — 菱川師宣から新版画まで
1670 年代の菱川師宣による墨摺絵の登場から、鈴木春信の錦絵誕生、歌麿・写楽の人物描写、北斎・広重の風景画、そして 20 世紀の新版画運動まで、浮世絵 400 年の歴史を絵師・技法・ジャンル別に辿るシリーズ。
浮世絵とは何だったのか
「浮世 (うきよ)」 はもともと仏教用語で「憂き世」 (この世の憂き、 儚さ) だったが、 江戸初期に 「浮かれた世」 の意味に転じ、 「現世を楽しむ」 という価値観の象徴になった。 浮世絵はその 「今、 この街のこの光景を、 庶民が買える値段で」 印刷する技術と芸術の融合。
貴族の絵画でも、 寺社の襖絵でもない。 江戸の町人が日々消費する印刷物 として発展したのが浮世絵の本質。 だからこそ 400 年後の現在、 その時代の生活・美意識・欲望・季節感が驚くほど鮮やかに残っている。
400 年の系譜 — 6 つのフェーズ
浮世絵の 400 年は、 大きく 6 つのフェーズに分けられる:
第 1 期: 誕生 (1670-1740 年代)
菱川師宣が墨一色の墨摺絵から浮世絵を独立させ、 鳥居派が歌舞伎役者絵の系譜を確立。 技術は単色から少しずつ色数を増やしていく。
第 2 期: 錦絵の誕生 (1760-1780 年代)
鈴木春信が多色摺の錦絵を発明 (1765 年頃)、 浮世絵は一気に色彩の時代へ。 勝川春章・鳥居清長が続き、 描写の精度が上がる。
第 3 期: 人物画の頂点 (1790 年代)
喜多川歌麿の美人画、 東洲斎写楽の役者大首絵。 わずか 10 か月で消えた写楽と、 遊女や母子を精緻に描いた歌麿は、 対照的な形で「顔」 と「表情」 を極める。
第 4 期: 風景画の時代 (1820-1850 年代)
葛飾北斎の 富嶽三十六景、 歌川広重の 東海道五十三次。 それまで背景にすぎなかった風景を主役に据える革命。 北斎漫画の視野の広さと、 広重の抒情性が二極として並び立つ。
第 5 期: 幕末・武者絵と怪奇 (1840-1880 年代)
歌川国貞・国芳・芳年。 幕末〜明治初期の社会不安を、 武者絵・怪異絵・血みどろ絵で描く。 特に月岡芳年は近代日本画への橋渡しをした。
第 6 期: 新版画と海外評価 (1900 年代以降)
川瀬巴水らの新版画運動、 一方でヨーロッパでは モネ・ゴッホ・ドガらが浮世絵に衝撃を受け ジャポニズムが生まれる。 現代の日本アニメ・イラストの構図感覚も、 この系譜の延長にある。
このシリーズで扱う予定の記事
以下の記事を、 上記のフェーズに沿って順次公開予定 (随時追加):
- 浮世絵の起源 — 岩佐又兵衛と初期の風俗画
- 菱川師宣 — 一枚絵としての浮世絵の確立
- 鳥居派 — 役者絵の系譜
- 木版画の技術 — 絵師・彫師・摺師の三位一体
- 錦絵の誕生 — 鈴木春信と多色摺
- 喜多川歌麿の美人画
- 東洲斎写楽 — 10 か月の謎
- 葛飾北斎と 富嶽三十六景
- 北斎漫画 — スケッチ集の百科事典性
- 歌川広重と 東海道五十三次
- 歌川国貞・国芳の武者絵
- 月岡芳年 — 血みどろ絵から近代へ
- 新版画運動 — 川瀬巴水と橋口五葉
- 棟方志功 — 版画の再定義
- 浮世絵のジャンル (美人画 / 役者絵 / 武者絵 / 名所絵 / 花鳥画 / 春画 / 妖怪絵)
- ジャポニズム — ゴッホ・モネ・ドガと浮世絵
- 現代のマンガ・アニメへの影響
なぜ今、 浮世絵を読み返すのか
浮世絵は美術館の中の遺物ではない。 江戸の街の広告、 スター写真集、 観光ガイド、 情報コミック、 ファッション誌、 エロ本、 怪談本、 その全部を兼ねた印刷メディアだった。
現代の SNS・ゲーム・アニメ・イラストが持っている「今、 街の空気を、 みんなが買える値段で、 大量に届ける」 という原理は、 実は 350 年前に江戸で確立されている。 400 年史を辿ることは、 現代のヴィジュアル文化のルーツを見つめ直すことでもある。
公開済みの記事
- 浮世絵の起源 — 岩佐又兵衛と初期の風俗画
- 菱川師宣 — 一枚絵としての浮世絵の確立
- 鳥居派 — 役者絵の系譜と 300 年続く歌舞伎看板の家
- 木版画の技術 — 絵師・彫師・摺師の三位一体
- 鈴木春信と錦絵の誕生 — 1765 年、 大小暦交換会の革命
- 勝川春章と鳥居清長 — 錦絵展開期の 2 大絵師
- 喜多川歌麿 — 美人画の頂点、 大首絵と 「女性の内面」
- 東洲斎写楽 — 10 か月の謎、 役者大首絵の衝撃
- 葛飾北斎と《富嶽三十六景》 — 70 歳を過ぎての風景画革命
- 《北斎漫画》 — 4000 図の百科事典と、 「マンガ」 という語の起源
- 歌川広重と《東海道五十三次》 — 抒情の風景画と旅の視覚化
- 歌川国貞と歌川国芳 — 幕末浮世絵の 2 大巨頭と武者絵の時代
- 月岡芳年 — 血みどろ絵から近代への橋渡し
- 新版画運動 — 川瀬巴水・橋口五葉、 20 世紀の浮世絵再生
- 棟方志功 — 「板画」 の再定義、 20 世紀日本版画の世界的評価
- 浮世絵のジャンル総覧 — 美人画・役者絵・武者絵・名所絵・花鳥画・春画・妖怪絵
- ジャポニズムから現代マンガ・アニメへ — 世界に届いた 400 年